【藤王康晴 中日】享栄高で甲子園出場泉州高戦でのホームランは今も語り草。ドラフト1位で地元ドラゴンズに入団。1年目ジュニアオールスターでヒットを量産し大活躍。地元期待の4番候補も伸び悩み日本ハム移籍も

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藤王康晴選手は享栄高で1年秋から4番。2年夏、3年夏と県決勝で野中徹博擁する中京高に敗れ甲子園出場ならずも。3年春の選抜では猛打爆発!11打席連続出塁の大会記録をマークした。

2回戦の泉州戦の低めのボールに体勢を崩されながらも、右手一本でライトポール際へ運んでみせた本塁打は今も語り草だ。驚がくの一打にスタンドはザワついた。

ドラフト1位で地元中日に入団。期待の左の長距離砲、将来の4番と期待される。1年目は1軍でも後半から活躍しさらに期待されたが、その後は、、、5年目にはアメリカ留学もするが帰国後結果を残せず90年にトレードで日本ハムに移籍。

移籍1年目は期待され起用も多く自己最多の75試合に出場。打率.246 4本塁打の成績を残すも翌年以降は試合出場も減り92年プロ9年目27歳の若さで引退。プロでは活躍できなかった

通算成績
237試合 92安打 10本塁打 打率.220