沖縄に眠る"骨や軍刀"…「帰れない遺骨」を遺族の元へ 戦後75年 北海道へ返還するボランティアの願い (20/08/15 12:00)

2020/08/15 に公開
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8月15日は終戦の日です。

 地上戦が繰り広げられた沖縄では、北海道出身の人が1万人以上亡くなりました。しかし多くの場合、遺骨はおろか遺品すら遺族のもとに戻っていません。

 その沖縄で遺骨を返還するためのボランティアに長年取り組んでいる人がいます。75年目の活動を追いました。

 沖縄本島南部の糸満市。青い海と白いサンゴ礁が広がるこの地は75年前、激しい戦火に見舞われました。

 1945年3月、アメリカ軍が上陸。民間人、軍人合わせて20万人以上の命が奪われました。北海道出身者も1万人以上が命を落としました。沖縄出身以外では全国で最も多い数です。

 しかし多くの場合、遺族の元には遺骨はおろか遺品さえ届いていません。

 浜田 哲二さん:「足並んだ?」

 浜田哲二さん。元新聞記者の浜田さんは、20年以上沖縄戦で無くなった兵士の遺骨を発掘するボランティアをしています。

 2020年2月、糸満市国吉地区から1体の遺骨が見つかりました。

 浜田 哲二さん:「大きな石の下敷きになっていたので、頭も最初から割れてしまっている」

 右足がないものの、それ以外はほぼ完全な形で見つかった旧日本兵とみられる遺骨です。自宅近くから出てきた遺骨に、近所の人も驚きを隠せません。

 近所に住む人:「初めて見ました。びっくりしました。本当にありがとうございます」

 1体でも遺骨が見つかり、遺族の元に帰ってほしい。沖縄の人の共通した思いです。

 今回、浜田さんのグループがなぜ国吉で遺骨の発掘に取り組んだのか?それは5年前、この近くで印鑑が見つかったからです。

 「林」と掘られたこの印鑑。印鑑は肌身離さず持っているものなので、近くに遺骨があるのではと考え、5年前から毎年発掘に取り組んできました。そして2020年ついに遺骨を発見することが出来たのです。

 所属していた部隊の責任者である当時の大隊長が書き残した名簿には、北海道恵庭市出身の「林秋良さん」の名前がありました。

 出てきた遺骨は恵庭市の林秋良さんなのか、浜田さんたちが動き始めました。

 沖縄県糸満市国吉で見つかった遺骨は、恵庭市の「林秋良さん」なのか。浜田さんたちは、印鑑を持って林さんの遺族が住む恵庭を訪れました。

 浜田 哲二さん:「こちらが林様の名前が彫られた印鑑です」

 おいの林満夫さんと林昭史さん。2人は信じられない様子です。

 林秋良さんのおい 満夫さん:「こういう字体の印鑑が、確かに家にあったような気がする。子どものころに変わった字体なので、まねして書いた覚えがある」

 遺骨発掘ボランティア :「この部隊の詳細な記録が残っていて、部隊の中で林さんは3人しかいません。うち2人はもっと早くに戦没されているんです」

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「ここまで到達できたのは、秋良さんただ1人なんです」


 浜田さんの説明に納得した2人のおい。印鑑を受け取ることにしました。

 浜田さんの最終目的は遺骨を遺族の元に返すこと。おいの2人にお願いして、遺骨が林秋良さんかどうかを確認するために必要な「DNA鑑定」の申請書に署名してもらいました。

 林秋良さんのおい 満夫さん:「今でも遺骨の収集をされている方々に本当に感謝、遺骨の収集自体ないと思っていましたから」

 浜田さんたちの活動が遺族の協力で本格的にスタートしました。

 糸満市国吉で出た遺骨は誰なのか。浜田さんは遺骨を特定するための手がかりが他にないか、壕(ごう)の周りで探しました。

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「遺骨は、この岩の下から出てきた」

 今だ多くの不発弾が埋まっているためスコップなどは使えず、時間をかけ掘っていきます。

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「7個目、この場所だけで。はい、8個目」

 遺骨が見つかった場所は大隊本部があった場所です。

 掘り始めてから2時間ほど経った時、浜田さんが何か見つけました。

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「何かわからないけど、長いものかもしれない」

 交代しながら掘り進め、出てきたもの…

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「軍刀だ、日本軍の軍刀」

 さびた軍刀。75年ぶりに現れた軍刀は、遺骨が出た場所から50センチも離れていない所から出ました。

 遺骨が誰か判断する上で重要な手掛かりになります。旧日本軍では、一定の階級以上の兵士しか軍刀を持つことができなかったからです。

 浜田さん、今度は岩見沢に向かいました。糸満市国吉で亡くなった旧日本軍の軍曹 佐々木高喜さんの遺族に会うためです。

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「20年、遺骨収集をやっていますけど、これだけの形で出て来るのは初めてです」

 軍曹だった佐々木高喜さんの写真。腰に軍刀を差しています。佐々木さんの遺族もDNA鑑定の申請を提出することにしました。

 見つかった遺骨は誰なのか。DNA検査の結果が出るのは早くても1年後です。

 遺骨発掘ボランティア 浜田 哲二さん:「遺族の皆さんと関係ができて『よろしく頼む』と言われるとやめられなくなってくる。体力とお金が続く限り続けたいと思っています」

 沖縄戦の戦没者の名前が刻まれた平和の礎。亡くなった人の遺骨を見つけて、遺族のもとに届ける浜田さんの旅はこれからも続きます。