Myジェットストリーム 70年代のそよ風  イエスタデイ・ワンス・モア

2021/09/20 に公開
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↓昔の思い出話しとか↓

大学4回生の頃、読書会で知り合った女性から「すごい映画をみてきたよ!」と言われて一人で観にいったのが「イージーライダー」の初見だった。最後までみて何がすごかったのかまったく分からなかった。その後、彼女とは個人的な付き合いもありながらも破局に至り、その十数年後に彼女の言葉を思い出しながらもう一度「イージーライダー」を見直した。すると映画の不条理な結末の意味が初めて分かったような気がした。
「イージーライダー」の当時、アメリカの若者たちはベトナム戦争に徴兵され、戦争への恐怖や厭戦気分と政治家や大人社会に対する不信感が頂点に達していた。ところが当時の日本の若者たちはベトナム戦争反対とか言いながらも、アメリカの若者たちの反戦気分とはかけ離れていた。なぜなら我々の世代は「戦争を知らない世代」だとか揶揄されていたほど、実際の戦争については実感がなかったのである。しかし、当時のアメリカは今とは違って徴兵制を敷いており、これを拒否すると法的に罰せられるという過酷な時代だったのである。しかしそれでいながら徴兵されない年長の大人たちはむしろ暢気に暮らしていて戦争を拒否する軟弱な若者たちに対して非難をする大人者たちも実際に数多くいたのである。その大人と若者の深刻な断絶を描いたのが映画「イージーライダー」であり、それは決して単なる反戦運動的なプロパガンダ映画でもなかった。

この映画が一つのきっかけになったのか、アメリカの若者たちの間で厭戦気運が高まり、有名なミュージシャンや芸能人らも反戦運動に馳せ参じていた。いわゆるヒッピー文化や過激なロックミュージックが70年代初期に俄かに起こったのはそういった背景があった。だからヒッピーというのは決して単なる風俗現象ではなかった。彼らは一様に長髪姿になり麻薬をやったりしながら既成の大人社会の道徳に反逆していった。実は私自身もその影響を間接的に受けてか長髪にしていたが、当時の日本の風俗的流行とアメリカのそれとは決して同じではなかったと思う。
この70年代の若者のムーブメントからいろんな若者文化が生まれてきた。城達也氏がナレーションで述べている「ギターをもった行者風のバークレーの若者たち」というのも、おそらくその当時の風景だったのだろうと思う。実際、解散後のビートルズのメンバーたちも長髪に髭面という格好でヒッピー文化を先導していた。

しかしベトナム戦争が終わりかけた頃から空気が変わり始め、一陣の風のようにさわやかな音楽が流行り始めた。その代表格がカーペンターズらのニューミュージックではなかったか?私自身は当時キャロルキングやボブディラン、サイモン&ガーファンクルらのややヒッピー調の哲学者風音楽を好んで聴いていたのを思い出すが、よく考えればその流れの中から反動的に非政治的かつ非哲学的なニューミュージックが生まれてきたのではないかと思う。日本のいわゆるニューミュージックの元祖ユーミンや陽水などの音楽もちょうど同じころに流行っている。今思えば、時代のエアポケットのような雰囲気の中から独特な若者の気分の変化を唄うニューミュージックが流行りだしたのは決して偶然ではなかったという気がする。

《動機とコンセプト》
以前、長期入院時にジェットストリームを聴きながら癒された経験がありました。最近は持病の不眠症の改善にも音楽が役立つことを実感しています。故城達也のナレーションには宇宙と一体化した魂の安らぎや永遠への希望が感じられます。このYouTubeのタイトルを“My ジェットストリーム”としたのは、故城達也氏の世界観にあやかりながら、音楽を聴くだけで世界一周の気分を味わうことができればどんなに楽しいだろうかと思い付いたのがきっかけです。……と同時に、音楽を聴きながら〈昔を懐かしむ〉というもう一つの強い動機がありました。選曲はジェットストリームと同じく一流のオーケストラの楽曲を中心にしながらも適度な私的遊び心も満喫したいとの思いから(ジェットストリームにはあまりない?)有名な歌手の歌声も数曲入れています。あと曲順にも一応こだわってます。

《音楽著作権問題について》
アップされているほとんどの音楽は著作権問題をクリアしている訳ではありません。したがって収益化不可という条件での許諾になっていることを同意のうえで公開しています。これはあくまでも私的趣味でやっていることですので、この点は誤解のなきようご理解をお願いいたします。